鹿野苑ギフトショップのブログ

インドのお話とベジタリアンメニュー

サルナートの遺跡案内 1

サルナートの遺跡を少しづつご案内しましょう。

 この写真は、早朝、日の出の頃遺跡全体を見渡せる場所で、ダメークストゥーパの後ろから昇ってくる朝日を撮ったものです。

太陽が昇って遺跡に太陽光線が放たれると、遺跡がキラキラ輝くのです。それは神々しく美しい😍

遺跡が輝いているところを撮った写真が無いのです😞

↓は日中の写真

 
この様なレンガの建造物に輝く美しさなどあまり想像つかないのですが、この朝の一瞬にだけ輝くのです。早朝は孔雀も優雅に散歩しています。

 

 


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冬、1月頃、北インドは朝は霧の日が多く、サルナートでも深い霧の朝は5m先も見えない程で、そんな時は遺跡の建造物すら見えないのですが、その見えない中でお線香の匂いとお経が聞こえてきます。
早朝にお参りに来られたどこかの国のお坊さんがお経を読んでおられるのですね。霧の中なので姿は見えないのです。
白い空間の中、流れて来る読経と線香の香り幻想的です。

 ダメクストゥーパ

スリランカのお寺

 

朝は犬さんも瞑想している😌


早朝の散歩は素敵なのですが、5~6年くらい前から政府が遺跡の公園の入場をきっちり管理始めたので、早朝に遺跡公園には入れなくなりました。おのずと早朝の遺跡の景色は見れなくなりました。
私も生活の拠点が日本になってしまったのでサルナートの散歩はほぼ出来なくなりましたね。でもサルナートに行った時は散歩します😊

ここまでは私の主観的なご案内でした。

 

遺跡はじっくり見ていると面白い発見があったり、これらの建造物や彫刻が造られた時代に想いを馳せると、とても興味深いのです。

サルナートだけでなく、インドには古くて見事な彫刻の寺院などがたくさんあり、その様な寺院や場所に行って探求するのが私の趣味の一つです。

本当に"interesting "😍

私は仏教も考古学も学んだことはありませんが、いつも見ていて疑問に思い自分なりに調べて見ると新しい発見があります。

そんな私的ご案内をこの後もしていこうと思います☺

と言うことで、今日のところはこの辺で…😌

サルナートの仏教のお寺 その1

今日は、遺跡の公園の周辺、
サルナートの仏教寺院を紹介します。

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私の家から一番近いお寺で、チベット仏教カギュ派のお寺。
チベット仏教と言うとダライ・ラマ法王が有名ですが、この派の最高指導者はカルマパ17世、現在40歳。
2000年にチベットからインドに亡命して来て、今はインドでチベット人が多くいるダラムサラにおられるよう。
チベット仏教のお寺はどこも色彩が華やかで美しい。本堂は写真撮影が禁止だったので写せなかったが、天井の絵も美しい。

 


こちらは別のチベットのお寺で、ダライ・ラマ法王のゲルク派のお寺。現在のダライ・ラマ14世も1959年にチベットからインドに亡命して来られた。この寺は先のカルマパの寺より大分古い。この写真を撮ったときはお勤めの最中だったので中に入れなかったが、中央に大きなお釈迦様と、その回りの壁に小さな仏像が恐らく何百体と壁一面に置かれている。このたくさんの小さな仏像は人間一人一人に思えて、私はこの感じはいいなとお思う。実は全ての人の中に仏様がおられる、もしくは、私たち人間を取り巻く空気の全てに仏様の分身がたくさん散りばめられているようなそんな感じがする。

 

菩提樹の木の下にお釈迦様が座っておられる。

サルナートにはチベット仏教のお寺がこの他3つくらい新しくできているようですが、私はまだ行ったことはありません。

 

タイのお寺

ここでも菩提樹の木の下に仏像が置かれている。


巡礼の人たちが、ここで座ってお坊さんの話を聞いている。

チベット寺、タイ寺以外にも、

ミャンマー、中国、韓国、日本のお寺もある。

 

 

睡蓮の池に、黄色と赤紫の睡蓮

 

これは"チョカンディーストゥーパ"。

お釈迦様がブッタガヤからサルナートを目指して来て、かつて苦行を共にした5人の比丘と最初に会ったところ、日本語では"迎仏塔"。

サルナートの仏教のお寺は、ブッタガヤよりは全体的に規模は小さいです。

日本寺、仏教ではないですがジャイナ教のお寺の紹介は次回に。

サルナートってどんなところ?

サルナートのこと、以前チラッとお話ししただけで、まだよく説明してなかったですね。

うっかりしてました😣
このブログを読んでくださる方に、サルナートのことを少しでも理解していただいてなかったら、私が一方的にお話しすることの意味がわからないですよね。すみません😣💦⤵️

これから少しづつお話ししていこうと思います。

サルナートは、北インド、ウッタルプラデーシュ州の、ガンジス河で有名な"バラナシ"から13km程郊外にあり、"農村"地域です。

 

サルナートの意味は"鹿の園"で🦌

日本語では"鹿野園"(ろくやおん)です。

リシパタナ、ムリガダバとも言われていて、こちらの意味は、リシは仙人の意味で、"仙人の集まるところ"とか"仙人の飛行場"と言う意味合いがあるそうです。

ちなみに3年弱前に出逢った私の日本の家は奈良にあり、近所に"鹿野園町"があります。ここでは「ろっきゃおん」と言われています。でも、始めから近くに鹿野園町があることを知っていたのではなく、奈良に住み始めてから知りました。

偶然ご近所だったのです。

そして奈良同様にサルナートにも鹿さんたくさんいます。🦌🦌🦌🦌🦌🦌🦌🦌🦌🦌🦌

でも、インドの鹿はほぼ柵の中で保護されていて、人間が歩く道路は歩きません。

なぜか?、インドでは鹿は保護されているとのことです。

 

他の動物は、牛🐃、ヤギ🐐、羊🐑、イヌ🐶、時にはラクダ🐪やゾウ🐘も道を歩きます。

牛、ヤギ、イヌはほぼ自由に歩いています。

牛とヤギは大抵飼い主はいますが、自由放牧ですね。


2500年前にお釈迦様がブッタガヤで悟りを開かれた後、この悟りをかつて苦行を共にしていた5人の修行僧に説法をするため、彼らがいるサルナートを目指され、5人の比丘に会ってサルナートで始めての説法をされた。
初めて法の輪が回転したので、"初転法輪"と言われている。
これが仏陀の教え仏教の始まりです。

 


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初転法輪は2500年前ですが、その後は紀元前2世紀頃から紀元後12世紀頃までにサルナートは寺院や大きなストゥーパ(仏塔)ができたり、形が作られてきたものの、その後はイスラム教が侵略してきて、サルナートも破壊と略奪にあい、他にも理由があると思いますが、インドでは仏教は衰退してしまったのですね。

今のサルナートの遺跡は仏教全盛当時の建物の基壇だけが残っていて、整備された美しい公園になっています。
ダメークストゥーパと言う直径28m、高さ43mの仏塔だけは、そのまま残っています。
ダメークストゥーパは5世紀頃に造られたようで、この場所でお釈迦様は5人の比丘に始めての説法をされたそうです。

大きくて目立つのでサルナートのシンボルです。

仏教全盛の時代は、今は基壇だけになっている中でもう2か所、45,6mの建物、寺院とストゥーパと、アショカ王のライオンの王柱は15mで、大きな建物が連立していたようです。
遺跡の近くにある博物館には、サルナートで発掘された大きな仏像もあり、
私はタイムマシーンに乗って、これらの建物や仏像が立ち並んでいた時の様子を実際に見てみたいと真に思います。
インドの古い寺院は彫刻が素晴らしく、高さがビルで言ったら14~15階位あるだろうという建物が、どうやって造られたのか?

この当時グプタ朝では、サルナートは仏像製作が盛んに行われていたようで、

初転法輪像とアショカ王のライオンの王柱の彫刻は美しく、このような彫刻が寺院にも施されていたとしたらさぞや美しかったことと思います。

初転法輪像 5世紀

サルナートの博物館に本物が展示されています。材質は石なのに、とても柔らかい曲線で、表情も優しく本当に美しい仏像です。

サルナートの大体の仏像は顔が壊されているのですが、この初転法輪像は顔がきれいなまま残っていて本当に良かったと思います。

 

アショカ王のライオンの王柱 紀元前3世紀

このライオンの王柱はインドの国章で、

仏教発祥のシンボルです。

4頭のライオンの顔が東西南北、四方に仏教が広がるように。

 

こちらは奈良の東大寺のライオンの王柱

 

遺跡のお話しはまだまだ色々ありますが。

今日のところはこの辺で。

 

今日はブッダプルニマーお釈迦様の誕生日

誕生仏

2025年5月12日は、
インドでは、"ブッダプルニマ"と言って、お釈迦様の誕生日のお祝いの日です。

上の絵は、日本人の野生司 香雪画伯がかれこれ100年近く前にスリランカ寺の壁に仏陀の生涯の絵を描かれました。

日本では花祭りは毎年4月8日と決まった日にちにお祝いされますね。
インドでは、4月か5月の満月🌕の日に祝われるので、毎年日にちは変わります。
インドでは、お祝いなどの日は日付よりも"満月"と言うのが重要です。
"プルニマ"と言うのは"満月"と言う意味です。

もちろん今日はサルナートでは祝祭の行事が行われます。
パレードがあったり、象🐘も来るかな。

ですが、なんと私は昨日デリーに戻って来てしまいました😥

デリーに戻る飛行機のチケットが昨日の日付で予約されていたのです。

ブッダプルニマの日は、サルナートのメインのお寺、スリランカ寺の金色の初転法輪像の下に安置されているお釈迦様の骨、仏舎利の御開帳があると思うのですが、私は御開帳に行きたいと思っていたものの、今回も機会を逃してしまいました。

 

初転法輪


実は、私はサルナートのスリランカ寺の金色の初転法輪像の下に安置されている仏舎利をまだ一度も見たこと無いのです😓
サルナートに住み始めてからもう37~38年になるのに…。
しかもサルナートの私の家からスリランカのお寺までは、歩いて10分くらいかな…。

近所です。

遺跡の公園やうちの店に行くよりも近い。


私はサルナートにいる時はよく散歩に出るので、その時は必ずこのスリランカ寺にはお参りに行き、祭壇の中に入らせて頂いて初転法輪像の周りを3回まわって、仏像の後ろの仏舎利が安置されているところに、額をつけて礼拝するのです。
でもそれが御開帳になっている時には私はお寺に行ってないのです。

「なんで~!?」😲

って、私が第三者的になったら言いますね…。

たぶん、私がサルナートに住み始めた最初の頃に主人が、
2500年も経っているから、

"本物かどうかわからない"
とか言う、不謹慎😞なことを言ったのですね
なんかそれが私の中にすり込まれたと言うか、仏舎利を目で見に行くことにそれ程重要性を感じなくなっていたのだと思います。
すごく並ぶしだろうし、5月は酷暑期でただでさえ暑いので、頑張って行かなくてもまだいつでもチャンスはあるかなくらいに思っていたのだと思います。

結局のところ、灯台下暗しと言うか…。

そのうち私もサルナート以外の場所での生活体制になってきたので、ブッダプルニマの時にサルナートに私の身体がいないことがここ何年かはほとんどになってきて、スリランカ寺での仏舎利を拝見するチャンスがなかなか難しくなってしまった次第です。

でもデリーの博物館で展示されている仏舎利はお参りしました。

今回はタイミング的にはチャンスだったのに…、逃しました😢

サルナートのマハボディソサヤティ(スリランカ)のお寺

シンドゥール作戦


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今日は5月10日。

インドとパキスタンの戦闘状況は、少しづつ拡大している様子。

この戦いはインドでは"シンドゥール作戦"と言われている。

 

"シンドゥール"と言うのは、
インドの既婚女性が額の上の髪を真ん中で分け、その分け目につける赤い粉のこと。
この赤い粉は既婚女性のシンボルで、

結婚式の時に、新郎が新婦の額上の分け目に赤い粉をつける儀式がある。その後は既婚女性は毎日自分で髪の真ん中の分け目にシンドゥールをつけ、夫が先に亡くなった場合シンドゥールはつけなくなる。

最近は都会ではこの風習も薄らいで来ている。

新郎が自分の指を少し傷つけ、そこから出た血で新婦にシンドゥールをつけ、

自分の血を流しても、妻をを守ります」と言う意味だと以前どこかで聞いたか読んだと私は思うのだが、

それに関してネットでちょっと調べたけど見つから無かったので真意はいかに?

今回のインドとパキスタンの戦いの始まりが、新婚の妻の目で前で夫が撃たれて亡くなったので、"シンドゥール作戦"と言う名前がついたそうで、血を流して亡くなった夫の変わりにモディ首相守ってくれると言うことだろうか?


ちなみに、インドの軍隊の将校と大佐は女性。女性の指揮官が戦いを指揮するなんて、かっこいい!
インドは女性に対して保守的なイメージがあると思うが、普通に女性のパイロットや警察で上の地位に就くなど、男性と同じように働く女性は割りと以前から存在している。

この記事を書いている間に、"

戦争が終わった"と言うニュース❗

あ~、良かった❕❕❕

これで緊迫感から解放された‼️🙌

インドとパキスタンの戦争はどうなるか?

 

今日は、2025年5月9日。
5月7日夜中のインドのパキスタンへの報復攻撃から2日が経った。

今朝インド人の夫に「戦争はどうなった?」
と尋ねたら、
「もう始まっているよ」と言っている。

そうか😨

私も今回はモディ首相は戦うと思う。
やられたら当然やり返す。
正義の戦いだから。

恐らく国民も熱くなり始めているだろう。
"ヒンドゥー対モスリム"…。

私も今はインドにいるので、この"戦いの中の人"の位置にいるわけで、遠くから見る傍観者ではない。だからインド人の気持ちはよくわかる。

きっかけは、カシミールと言う美しい観光地で、テロリストが一般人に対し、
ヒンドゥー教イスラム教か?」
と尋ねた。「ヒンドゥー」と答えたら、その場で撃ち殺され、撃たれた若者の結婚したばかりの若い妻は殺さず、この妻に「この事をモディ首相に伝えろ」とテロリストが言ったそう。

 

元々カシミールはこれまでもずっと小競り合いがあって、小さくくすぶっていたが、インドは大きくかかわってこなかったそうで、でももう今度ばかりは受けて立つというか、もう爆発する時なのか…?

 

サルナートの仏教遺跡もモスリムが壊したと聞いている。美しい初転法輪像やアショカ王のライオンの王柱などは土の中に埋められて隠されていたからか、無事で今でも美しいまま残っている。

遠くから見る立場なら、私にとってのロシアとウクライナの戦争とか、悲惨と思いつつ実感に薄いので普通の正当な意見に準ずるのだけど、
「戦争なんて何の得るものはなく、失うことが大きく、何よりも悲しい。だから戦争はやってはいけない」と。

でもこうして身近に感じる立場になると、
何よりも目の前で家族を殺された立場を無視できないであろう。それは許しがたいこと。
だから戦争に突入していく流れを受けとめることも幾分理解できる。
戦争が本格化すれば悲しみはもっと大きくなるのだが…。

始めにテロが起こった5月7日は、私はデリーの空港からバラナシに来たのだけど、空港は検査が厳しくなったりなどと言う感じはなく、一般人の生活は今のところ普通通り。
でも、サルナートにいる小学校1年生の姪は、学校で"サイレンが鳴ったらどうやって避難する…"と言う話を聞いてきたそうで、色々説明してくれた。
サイレンと言うのは、ミサイルが飛んできたらと言うこと。

ちなみにサルナートの近くの町はガンジス河で有名なヒンドゥー教の聖地であるバナラシで、だからバラナシは攻撃の標的に入るそう。
首都のデリーも当然に標的だろう。

緊張感は確実に国民は感じている。

できれば静かに鎮静してもらいたい🙏

 

我が家の屋上からの景色
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赤い矢印はサルナートのシンボル 

"ダメークストゥーパ"

黄色い矢印は、サルナートのメインのお寺

スリランカ
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黄色い屋根は我が家の近所のチベット
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春夏インドに里帰り

春夏インド里帰り、一週間が経った。

春夏ーーー4月or 5月頃にインドに里帰りすると、日本は春でインドは夏だから。

縁と流れで2022年の秋から日本の奈良に私の家ができた。その家に住むため私の生活は日本中心になった。
私がインドで過ごすのは、春と秋の頃の半年に1回、インドでの滞在はおおむね1ヶ月程。

前回、前々回、その前と、今回以前の3回のインド里帰りは、私はインド到着してすぐ仕事があったため、「インドに来た~!」という実感も余韻も感じている間もなく、活動が始まった。
でも、本来は私の身体とマインドがインドのバイブレーションに乗っていくまで1週間の時間が必要。

日本では私はとにかくいつも忙しい😖
それは一人であれもこれもこなさなくてはならないと言う、大方の日本人の人たちもやっていることだけど、私の場合恐らく遊牧民のように移住が多く、またこうして旅支度も結構常にあるので、パッキングしてほどいて、パッキングしてほどいて、住居が変われば家財道具をセットして様々な手続きしてと、
「私の人生はパッキングの人生」と言えるほど生活が常に落ち着かない。
しかも、毎日この様に過ごしながらもなんか問題が次々起こり、その解決に奮闘すると言うのが私の日本での生活なので、とりあえずインドに来た時はそう言う"やらなくてはいけないこと"から一時解放される。

それにインドの家は主に主人が管理し、また家事などをやってくれる人もいるので、私はとりあえずのんびりできる。

それで今回は、インドに到着し家に着いて、日本でのストレスと寝不足、疲れを解放させるため、一週間"サナギ"になった。

サナギです。

寝袋にうずくまって寝ているのではなく、

"サナギ"と言う感覚です。
どういうことかと言うと、
蝶々でもイモムシがサナギのなかで変容しますよね。あんな感じです。

身体を休め、頭の中や意識、マインドも、ドロ~ンと溶かして変容させる的な。

リセットですね。

 

あ、でも、前回の投稿で、長~い冬眠から覚めたとお話ししたのに、次はサナギとか言って、「結局、寝ているんじゃないか😔」

(と、自分で突っ込む)


一週間経ったころ、リフレッシュできます。疲れを引きずっていた重苦しさは無くななって軽くなります🙌

昨日は、サナギを破って外に出ました🙌

デリーから飛行機に乗ってサルナートの家に来ました。

デリーの国内線の空港改装されてきれいになってました。

 

ラウンジ

 

こうやってリラックスして休める長椅子もある

軽めに食べました

味もなかなか美味しい!

コーヒも美味しい!

 

ラウンジには、プライオリティパスかクレジットカードを見せたら入れます。

プライオリティパスは、日本では楽天プレミアムカードを持ってたら多分入手できると思いますが私のはインドで入手。

日本だったらラウンジ入るのは上のグレードが要りますね。

インドの方がラウンジ使うのは簡単です。

 

空港内のお店もおしゃれです

 

わ、私好みのSNOOPY ☺

あまりインドではSNOOPYグッツは見なかったのだけど、ようやく登場か😍

SNOOPY のどんな商品があるのだろう☺と

店内を見回したのだけど、

SNOOPY 商品は見つからなかった😨

もしかしたらどこかにあったのかもしれないが、飛行機の搭乗時間が迫っていたので店員さんに尋ねることもできなかった。

でもこう言うの(看板あるのに商品が無い)

インドならあるあるな話。

町の小さなスナック屋さんとかで、

美味しそうなメニューの写真が看板みたいに大きく飾ってあって、それを指差して

「これ注文したい」と言うと、

「それは無い」とか

写真とは全く違う出来映えのものだったり、

飾っている物が実際お店にあるとは限らない。

看板と商品は別物。

もちろんちゃんと商品がある場合もある。

こう言う"確実"じゃ無い感じがインドかな~。

 

チャクラの絵

 

でも、こんな呑気なことを言っている場合では無い情勢がインドの現実にある😱

つづく。